この名称は、鉄橋建設に関与した主な国家(日本、イギリス、オーストラリア、アメリカ、タイ、オランダ)の頭文字を取ってつけられた。博物館の外観は竹を使った3棟の小屋が当時の捕虜収容所の雰囲気を醸し出している。小屋の内部に展示されている遺品には、捕虜が収容所生活の状況をまざまざと描いた絵画や捕虜が書いた手紙もあり、鉄道建設での犠牲を物語る。泰緬鉄道建設の過酷極まりない状況下に置かれていた地で命を落とした1万2000人の連合軍捕虜及び10万のアジア人労働者に対する忘れがたい記念博物館となっている。 この広大な墓地は、カンチャナブリの中心街と有名な鉄橋を結ぶ中ほどにあり、泰緬鉄道敷設工事中に亡くなった7000人もの連合軍戦争捕虜(主にイギリスとオーストラリア人)が葬られている。墓地内は手入れが行き届き、一面緑の芝生の中に、随所に美しい花が咲き乱れている様子は平和そのもの。しかし、その中に整然と並ぶ墓石に目をやると、その数の多さに暗然とする。現在は、献身的な庭師の一団が、英国連邦戦没者墓地委員会の援助を受け、この墓地を綺麗に維持管理している。