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俺らのタイ開業独立列伝

アナンド・タランジット・シン (ANAND TARANJIT SINGH)
インド・ニューデリー出身 1959年生まれ
Jogma Corporation (Thailand) Co., Ltd. 代表
「Spicy Maharaja」インド料理店運営
Central World Plaza 7F Food Haven Patumwan Bangkok 10330
Tel. 02-646-1060

■大阪でうけた、あの味を
 タイ進出へのきっかけは、自分の店で働くインド人のビザの手配をする為にタイへ来たことだ。そして一番に驚いたのが、バンコクに住む日本人、タイへ遊びに来る日本人が多いことだったという。そしてあちこちのインド料理店を食べ歩いたが、正直凄いと思える店に出会わなかった。何かが足りない。しかし、そのことが、逆にタイで自分のインド料理店をやったら成功するのではないかという自信へと繋がったのである。たまたま見かけた大型ショッピング・モール。その壁にテナント募集の案内があった。アナンドは直ぐに部下へ電話を掛けさせたのである。しかし、バンコクでも一等地ともいえる大型ショッピング・モールは金さえ積めば誰でも出店できるというものではない。それなりの審査があるのである。大阪と神戸に店があり、11年やっているということが大きな信用となった。結果、出店は見事OK。アナンドの初の海外進出が決まったのである。バンコクの文化発信基地ともよばれるセントラル・ワールド・プラザの7階。ここがアナンドにとって3店舗目の店となった。

■日本へ
 それは25歳の時のことであった。日本に住んでいた兄貴がアナンドを日本へ来ないかと誘ったのである。家業である貿易商を手伝っていたアナンドは、多少の迷いもあったが、面白そうだと兄貴の誘いに乗ることにしたという。兄貴がいたことで日本へ行くことの不安は全くなかったが、果たして兄貴がやるというインド料理の店が上手く行くのかは、アナンドにとってすごく心配だった。1985年、福岡市博多区にある親不孝通りに最初のインド料理店「ナーナック」をオープン。日本人にとってあまり馴染みのないインド料理は辛いというイメージが先行して、最初はなかなか受け入れてもらえなかったとアナンドはいう。そこでアナンドが取り組んだのが辛さの選択である。1段階から5段階ではない。1段階から50段階に分けて辛さを選べるようにしたのである。とにかく本格的なインド料理が食べたいという人から、全く辛いのが駄目な子供まで食べられるインド料理。このアナンドの工夫が見事に博多っ子の心を掴んだ。自分好みで食べられるインド料理は既存のインド料理店にはなかった発想だからだ。90年代前半のエスニックブーム、そして続いて起きた激辛ブーム。そんな世間のブームも大きくアナンドのビジネスを支えた。そして兄弟2人で始めた店は、南は鹿児島、東は広島までと大きく事業を展開するまで成長したのである。「とにかく受け入れてもらえるまで、知って貰えるまでが大変でしたね。自分は料理に関しては全く素人でしたが、逆に余計な知識にとらわれることなく柔軟にインド料理に向かい合えたのは結果的によかったかもしれません。ニューデリーのインド人は結構味にうるさいですよ。だから味に対するこだわりはありました。大阪人が味にうるさいのと一緒みたいなもんですよ」


■大阪での独り立ち
 きっかけは大阪への出店だった。これまで兄貴と共同経営としてやってきたビジネスのやり方を止め、個人個人がそれぞれの店を責任をもって運営する形へと変えたのである。今から11年前のことだ。結果、大阪の店はアナンドが一人で運営することになった。これがアナンドにとって最初の独立となったのである。九州での経験と実績は、当然大阪でも大いに役立ったのはいうまでもない。個人経営という微妙な緊張感もアナンドのやる気を高めた。結果、4年後には神戸の六甲アイランドへ支店を出すまでとなったのだ。商才という言葉がとにかく似合うアナンド。大阪の店も、神戸の店も今となってはインド料理店の老舗と地元では呼ばれることが多くなった。一過性ではなく、末永い人気を獲得するのは日本料理店でも難しい。しかも流行り廃りの激しい大阪、神戸である。成功の秘訣は何なのか?「長いことやっていますから、親子二代で来てくれるお客さんだっています。子供の頃、良く来てて、今度は自分の子供をつれてくる人。嬉しいです。何時来てもおいしい。そして手頃な値段。とにかくお客さんの満足度を考えてやっています」成功の秘訣はお客様の満足度。意外と単純だが、これを実行し維持していくのは安易なことではない。

■タイへ
「分かりやすいからゲストハウスと言っているけれど、実際はホームスティみたいな感じで使って貰えるのが一番かも。私自身が話好きで、世話好きだからお客さんと一緒にご飯を食べたり、酒を飲んだりすることもありますよ。自分の息子ぐらいの男の子の相談にのることもありますし。そして時にはお客さんと喧嘩になっちゃう時もあるかな。でも、それでいいんじゃない」玉城は自分の家に泊まって貰う、いわゆるホームスティの感覚で侍ゲストハウスを利用して欲しいと考えているのだ。タイの女性との問題で悩んでいる人。これからの将来をどう生きていこうか迷っている人。何かやりたい。でもそのやりたいことが見つからない人。このままカオサンにいたら日本へ帰れなくなるのではないかと引っ越してきた人。侍ゲストハウスには様々な人が泊まりにやってくる。そんな人たちを温かく迎えるのがホストマザーの玉城の役目だ。ちょっとお節介。そのお節介にみな惹かれるのだろう。

■絶対に変えないレシピ
 「とにかくレシピを変えないこと。これだけはこだわります。あとはバランスですね。あんまり詳しくは教えられないけど、バターとヨーグルト、そしてクリームを使って辛さとか、味の深みをつけていく。そのバランスの良さが美味しいと満足して貰える一番の理由だと思いますよ」バジルコ・ナンなど本場のインドにはないけど日本人にはめちゃくちゃ人気があるアナンドの店のオリジナルメニューは数多い。インド料理だから、絶対にこうじゃなきゃいけないということはない。要は食べる人の満足感、それだけだとアナンドは笑う。飲食業は自分にとって天職だと胸を張るインド人のアナンド。そんなアナンドの大好物は意外にも焼鳥だという。タイへ出店した今、タイと日本との往復が続く。「住むならやっぱり日本かな。日本はいいよ。システム的でいて独特の文化をもっているからね」人懐こい笑顔でアナンドが日本を褒める。日本人として素直に嬉しいと感じた瞬間だった。

                         (取材・構成 丈治利夫)

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