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百人一首
 北京のドライバーは前向きだ。決して後退しない。中国の車にはバックギアがないのかと思ったほどだ。知人曰く「ほんの少しでも後退したら負け」だそうだ。確かに人生はそうあるべきだろう。  北京日本人学校近くのLido Placeというホテル・ショッピングモール・アパートのコンプレックス前の交差点は、そういう人生に前向きなドライバーの車がいつもひしめいている。大きな道路ではないのだが、信号がなく、常にタクシーや自家用車がLidoに出入りし、さらに交差点に進入した車は決して譲り合わず、ウィンカーも出さないので、みな相手の出方をうかがい、隙あらば前に出る。北京で運転すると、居合いの達人になれる。
 交差点での優先順位は、バス、ヴァン、乗用車、バイク、電動自転車、自転車、ロバ馬車、大人、子供で、「ぶつかったときに大事な車に傷をつけやすそうなもの」の順で地位が高い。最下層の人間が乗用車とすれ違う際のすき間は3センチあればいいらしい。(バンコクでは15センチは開けてくれたような気がする)。アソークを渡るとき以外に賭けたことがない命を、北京では常に賭けて渡っている。
 このLido Placeの近くにカササギが棲む街路樹があり、渡れない人間を尻目に、自由に上空を行き来している。百人一首では「鵲の渡せる橋におく霜の白きを見れば夜ぞふけにける」と大伴家持が詠み、かるた選手には馴染みが深い鳥だ。宮中の橋を、カササギが天の川に架けるという橋に見立てたロマンチックな歌だ。北京の道にも橋を架けてほしい。
 カササギはカラス科の鳥で、日本では佐賀県近辺でしか見られないが、世界ではヨーロッパ、米大陸、アジアに広く分布し、北京にも多い。先日、どうも白っぽいカササギだなと思ったら、同じくカラス科のオナガであった。日本では主に関東から東北に棲むオナガが、カササギと一緒に見られるのもまた面白い。
Lido Place近くの三叉路で立ち往生するバス。信号はあるが作動していない。バンコクでもよく見た光景だが全般に北京のドライバーのほうが迷いなくつっこんでくるように感じる。 北京郊外の街路樹に作られたカササギの巣(だと思われる)。

 北京にかるた会をつくるにあたり、百人一首ゆかりの名称をと考えた。日本では百人一首の中の語を会名にもつ会も多い。千葉しらつゆ会、東京吉野会、ゆらのと会(東京)、高嶺会(静岡)などなど。中国に関連した歌というと、遣唐使として渡りこの地で没した安部仲麿の「天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山にいでし月かも」か、『史記』の函谷関の故事を踏まえて清少納言が詠んだ「夜をこめて鳥のそらねははかるともよに逢坂の関はゆるさじ」だろう。「北京仲麿会」とか「北京鳥の空音会」とかも考えたがちょっとピンとこない。北京かささぎ会は第一候補だったが、日本にすでに「仙台鵲会」「小田原かささぎ会」がある。 「カササギは天の川に橋をかけるあの鳥ですよ」と中国語の先生に話した際に、「北京鵲橋会」という案が出た。中国語発音だと「ベイジンチュエチャオホエ」となり「音としても非常にきれい」だそうだ。読み下し文は「ペキンかささぎのわたせるはし会」というところか。
 しかし「ちょっとお見合いの会みたいですねぇ」とも。カササギが架けるのは織姫と牽牛の逢瀬のための橋なのだ。実際、明治の頃、お正月のかるた会は未婚の男女の出会いの場でもあり、尾崎紅葉作『金色夜叉』でお宮がダイヤモンドに目が眩むのもかるた会なので、あながちはずれてもいない。しかし結婚斡旋所と間違われるのはまずいので、ちょっと長いが会名には「日本短歌競技倶楽部」の併記を考えている。クラブは倶楽部でいいそうだ。日本人と中国人日本語学習者をつなぐ架け橋にという願いもある。
 さて、北京かるた界に朗報がある。畳が手に入ったのだ。息子の入学手続きに日本人学校へ行った日、教育相談は脇において教頭先生に「和室はないですか?」と真っ先に聞いた不届き者の親である。 「実は去年まであったんですが生徒数が増えて通常教室にしてしまったんです。」 「えっ、畳はどうしましたか?」 「何とか保管場所が見つかったので置いてあります。使わないので捨てようかとも思ったのですが…。」 「ぜーーったい捨てないで下さい!!」  後日改めて「百人一首普及のために畳の長期貸与を」とご相談したところ、なんと八畳分をいただけることとなった。善は急げでトラックを借り、さっそく貰い受けに出向いた。近日中に自宅を会場に講習会を始めたいと思っている。
 日本国外での競技かるた普及で、一番の悩みは練習用の和室が見つからないことである。バンコクでは幸いにも「寅次郎」さんが無償で和室を貸してくださったが、「北京には寅次郎さんがない…」と嘆いていたところに、この幸運である。
 カササギは中国語で「喜鵲」とも書き、朝この鳥を見ると縁起がいいそうだ。冬支度なのか街路樹の枝が大胆に落とされた日、カササギたちはしきりに鳴きながら上空を飛び回っていた。この幸運の鳥がねぐらを失わないよう、願うばかりである。(文:睦美ストーン)

クルンテープかるた会
代表者:坂東真由美
e-mail. ban_karuta@yahoo.co.jp
Mobil. 087-062-1631
バンコクでの練習会などについては上記へお問い合わせください。

相談役:睦美ストーン(北京)
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