タイは日本以上に学歴社会である。上に進学すれば道が開けてくる。職業の選択枝も大幅に増える。だが、どんなに努力をしてもどんなに学力が優れていても、貧困故にその道を閉ざされる子どもがいる。
日本もひと昔前まではタイと同じように学歴重視の社会だった。東京大学などの最高学部を卒業した者はエリートという特別な枠で待遇され、やがて国を左右する組織へ配属されていく。また、普通の大学を出たものでも学歴が一定の職業を約束してくれた。このような社会構造の中で毎月定額の給料をもらい、土日は休みという官員並の生活。やがて高額な家を購入し定年までの長期的なローンが始まる。たしかにそうした生活が幸せをもたらしていた時代があった。しかし、日本はバブル崩壊後大きく変貌した。国家がどんな政策を打ち出そうとも、多くの国民は幸福感を味わうことなく人生を追える。机の上だけで得た知識を人間的教養と錯覚して成長した若者たちは、大学を卒業して就職した途端に学歴が必ずしも幸せに繋がるとは限らないと気付いて挫折する。やがて腐敗した日本的構造に疑問を持った若者の一部が見果てぬ夢に向かって突然アジアに足を向ける。僕は今までにそんな若者を沢山見てきた。ただし、これはあくまでも先進国と言われる日本の実態だ。タイは幾多の苦境を乗り越えながらも高度成長を続けている。学歴は未だに最重視され、大学を出る事で自国の発展にも尽力出来る職場が待っている。同時に安定した生活も約束される。益々経済格差が広がる中で多くのタイ人はそれを頑なに信じている。だから少しでも上の学部へ進学を望む。 しかし、最高学部へ進学出来る子は上流階級か中流階級層。そして稀にチェンスがある僅かな下層級の子どもたちだけだ。ここに1人の女子大生を紹介したい。彼女はM基金が中学校時代から教育支援していた極貧農村地帯出身のT女史。高校を卒業と共に日本人の里親が彼女の大学の教育費と生活費を個人的に援助した。決して安い金額ではない。タイの大学を卒業した公務員の初任給の半年分に匹敵する金額だ。彼女の夢は母校の教師になる事。だが、大学を卒業すれば簡単になれる職業ではなかった。4年間の大学を卒業した彼女は、一度は臨時で教職に就いたがすぐに大学院に進学した。その後も彼女の夢を理解してくれた里親は援助を続けてくれた。僕は里親に頼まれて何度か彼女に会って近況を報告していた。
そんなある日、彼女から英文でメールが届いた。「Are you maybe have time? We will have dinner next time.」今まで何度か食事に行く機会があったが、彼女から誘ってくることは稀だ。「はて、なんだろう?」そう思いながらも、一度彼女の通うS大学院を見たかったので、翌日の夕方に会いに行った。「元気だった」「えぇ、変わりないわよ」「で、どうした。珍しいね、君から連絡してくるのは」「実はね・・・」T女史が徐に鞄の中から何かを取り出した。「これね・・・」「おぉ!これはまさしく国家公務員証」彼女が嬉しそうに身分証明書を見せる。「私ね、来月U県の中学校が決まったの」「やったじゃん!」「これで正式に先生になれるわ」M基金が支援して来た奨学生の中で、かつてこれほどまで努力が実を結んだ子がいただろうか。あの貧困な農村地帯から大学に進学して、さらに大学院まで進学しての教諭職である。長かった夢がようやく実現する。「おめでとう!」さすがに母校の教師とはいかなかったが郷里の中学校に内定した。彼女の喜ぶ顔を見て思った。「やはり学歴は人を幸せにするのか」と。 以前このコラムでも紹介した東北の名門M大学を受験してみごと合格したP女史がいたが、貧困故に進学を諦めざるを得なかった。だが、その後P女史を援助したいという日本人の里親が表れた。彼女の将来の夢も教諭である。是非、叶えてあげたい夢だ。