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さいあむ百景
さいあむ百景
 僕がバンコクのスラムと関わりを持ち始めてからかれこれ10年が経つ。日本から来た大学生たちとクロントイにあるシーカーアジア財団に同行したのが最初だった。以来、何度か行く機会があった。一般的にバンコクで仕事をしている日本人にとって、デパートや華やかな町に行くことはあっても、ダーティなイメージがあるスラムにあえて行こうとは思わないだろう。そこにはタイの底辺で生きるもう一つの顔がある。昨年の1月に熊本県から来た【熊本たけのこ会】十数名がスラムの子どもたちに手品や紙芝居や人形劇を披露した。その劇団の手伝いをしてから3ヶ月後に胃癌手術を受けた僕はしばらく来ていなかったが、先月三週に渡って行く機会があった。福祉関係の調査で来た鹿児島の某高校女教諭の同行。翌週には東京の某大学の教授2名をプラティープ財団に案内。双方ともスラムの見学を希望。決して物見遊山的に好奇な目で見ないことを約束して、タイ人スタッフと共に比較的安全な場所を歩きながらスラムの暮らしや現状を垣間見た。通路脇には定職に就かず日陰で寝ている男がいた。色あせた服を着た若者が虚ろな目で我々を見ている。荒んだ暮らしと心が険となって表情に表れる。初めての日本人は異質な感覚に戸惑う。しばらく行くと何をするわけでもなくじっと座っている老人がいた。そんな中でも化粧気のない女たちがやたらと忙しく動き回っている。掘立小屋のような食堂を切り盛りするもの。狭い路地で洗濯するもの。別に男たちは働かないわけでない。働く場所がないだけなのだ。路地には無数の犬が寝そべっている。もちろん誰かが飼っているペットではない。野良犬もまたスラムの住人と共存しているのだ。この十数年間で目まぐるしく発展を遂げた首都バンコク。およそ700万人以上が住むこの大都市には1500ほどのスラム(人口密集地域)が点在し、140万人以上の人々がスラムで暮らしている。スラムが形成された背景には、都市と農村の経済格差が深く結びついている。急激な近代化に伴い経済的な繁栄とは逆に、農村部は苦しい生活を余儀なくされてきた。農業だけでは生活が成り立たなくなった多くの農民が現金収入を求めて地方から都会へと流入。政府の無計画な出稼ぎ労働者の住宅対策の結果、必然的に工業化政策のひずみによって生まれたスラム。劣悪な住環境や住民登録や立ち退き問題。経済的な理由で教育を受けられない子ども。麻薬や覚醒剤の蔓延、売春、エイズ、失業、頻繁に起こる火事など多くの社会的問題。このような状況下で就学の機会を奪われた子どもたちに教育援助活動を初めとする数多くの地域開発事業を行っているのが、シーカーアジア財団とドゥアン・プラティープ財団。特にシーカーアジア財団はタイ国内最大のクロントイスラムやスアンプルーを中心にラオス、カンボジア、ビルマ(現ミャンマー)アフガニスタンで教育・文化の支援を行っている。4年前、スクンヴィット55で【とらや】を営んでいるP氏が、長年子どもに恵まれなかったのだがその年待望の子どもを授かった。それを期に「美味しいパンを不遇な子たちに食べさせたいからフジさんが知っている孤児院や施設はないか」と言われパヤタイ乳児院やクロントイを紹介した。以来、彼は年に数回200〜300個の焼きたてのパンやケーキを運んで子どもたちにプレゼントしている。先日、久しぶりにそのP氏と一緒にスラムに行った。ちょうど母の日を祝うイベントが開催されていて地域住民や子どもたちが観に来ていた。その中で小さな少女がたった一人で大勢の観衆の前で堂々と踊りを披露していた。その姿はまるでスラムに天使が舞い降りてきたのかと錯覚するほどの圧倒的な存在感だった。スラムに住む多くの人々。それもまたタイの片隅で一生懸命生きている素顔の一つなのだ。
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